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日本にいるなら日本語で話せ 2
更新期間があいてしまいましたが前回のエントリーに、多くのご意見をいただきありがとうございました。私は特に意見をまとめるつもりもなし、結論もだせません。答はサンタクロースのように皆さんの心の中にあります。

こういう意見は数学のように答が1つビタっと出るものではなく、立ち位置やスタンスによって「正しさ」が変化すると思うし、世の中の対立する意見の大半は交通事故の原因ように10:0でどっちかに偏ることもないと思う。どちらの言い分も、一理あるだろうし、一面の真理でもあるのでしょうね。

少し気になったことを書き留めておきます。

1 「英語」と「その他の外国語」は分けて考えるべきだと思いました。

「日本にいるなら日本語で話せ」に続く言葉は「英語で話しかけるな」と「タイ語で話しかけるな」では、異なったものと考えるべきでしょう。英語には「世界の公用語」としての性質が、備わりつつあるからです。誰かが認定したわけではなく「デファクト・スタンダード」としての公用語ですね。

言語の人口では中国語、スペイン語、英語ぐらいの順位だったと思うけど、英語を母国語としている人の3倍が英語を「外国語」として使っている事実があります。英語を「準公用語」と認定している国(インド・シンガポールなど)も多い。この点においては、英語はもう母国語としている人だけのものではないでしょう。5大陸に渡って浸透している英語という言語は、人類の歴史の中でも珍しいものだし、今後、英語にとってかわる「世界の共通語」が登場することもないと思う。

日本国内では「日本語」が標準ではあるけど、日本を世界の一部とみなした場合には「世界標準」が標準としての機軸を持ってしまう。どちらに賛同するか? ここは考え方の違いになるでしょう。「そんな標準は認めない」と強弁することはできる反面、英語が世界言語としての性質を持つとき私達も恩恵を受けることができます。

2 「郷に入れては郷にしたがえ」という考え方

これは日本のことわざだし、私もこの意見に賛成します。書いてる時も頭の中をよぎりました。その場のルールに従うことは、世界は違えども、それぞれのコミュニティーで似たような発想ができあがり、似たようなことわざがあると思う。

ただ、相手が「郷に入りては」という発想を持たない人種が来た場合はどう対応するのだろうか? と疑問に思いました。誤解を恐れずに書くならば、アングロサクソンの歴史は、この手の発想に基づいているんじゃないかと思う。インディオやアボリジニは「郷に入りては」に似たようなことは主張しなかったんでしょうか。相手への敬意を払うこと、他国の文化を尊重する精神は大切だけど、時にはそうでない人とも出くわす可能性もある。言葉を広めたのは「船乗りと兵士」と言うけど、こういう点では、アングロサクソンの国はパワフルですね。こういう場合にどう対応するのかは課題が残りますね。

アングロサクソン、アメリカ人、イギリス人、とグループでくくると「個人個人で違う・個別の要因を無視している・人によって違う」という批判を受けると思うけど、私はカテゴリーをくくりステレオタイプに表現することが無意味だとは思いません。彼らの平均値がどこにあるのか? を知ることは有意義なことであると感じています。

「個人的なことは、政治的なことである」というのは、確かフェミニズム関係のテーゼだったと思うけど、一理あるような気がします。例えば「英語圏の出身で日本に来ているけど、日本語を覚えようとしない」というのは、もちろん個人の怠惰など個別の原因ではあると思うけど、その人が日本で日本語なしで生活できてしまう状況を作り上げているのは、政治的・社会的な背景と密接につながっている。個人の問題を越えて、より複雑な社会的な問題を包括しているのだと思います。

3 「英語圏の人に見れる傲慢さ」や「嫉妬」や「ねたみ」といった感情

英語圏の人にどれほどの傲慢さがあるのかは私には判断がつきません。もちろん、人にもよるだろうけど、平均的な意識がどのへんにあるのかはわかりません。

この前の夏、中国のマッサージ屋さんに行って「中国式・タイ式・日本式」を選ぶ場面に出くわして、現地の言葉がわからず、英語で「チャイニーズ・スタイル」と言っても通じなかった。「なんでこんな英語もわからんねん!」と思って、ハっとした記憶があります。自分でも気付かなかった、私の中にある傲慢さに気付いた気がしました。「英語はどこにいっても通じる」と変な勘違いをしていたように思うし、この手の勘違いは時に傲慢さを生み出す原因となりえます。

日本人側の意見として「自分が英語が話せないことへの負い目」や「なぜか英語が標準になりつつある現状」に対しての嫉妬から生まれる意見があっても不思議ではないと思う。ニーチェいうところの「ルサンチマン」みたいなものです。

英語圏の人が持つある種の「傲慢さ」や、非英語圏の人が抱く「嫉妬」などの感情、この手の感情は道徳的・常識的な観点からいえば、あまり良い感情ではないと判断できるけど、別に持っていてもかまわないと思う。人間はそういう生き物だと思うし、聖人君子ではないので多少なりともみんなが持ち合わせている感情でしょう。正論をどんなけ言われても感情的に納得できないこともあるので。

4 日本で日本語を話すことの実用性について

これについては言わずもがなです。グローバル化が叫ばれているけど、本当にそうなんか? と、うちの母親を見てると感じてしまいます。

一緒に働いている外国人に関しては本当にいい人だし、私はとても感謝しています。人間的にも尊敬できるし、なにより友達でもある。だけど、日本語を話そうとしない点に関しては不満が正直なところあります。

「日本語を話さない外国人」に対しての風当たりの強さは私も自覚しているから、せめて、自分の周りにいる人には、それを回避してほしいと願う。本当は会社として日本語教育の制度を作ったりしないといけないんだろうなぁ、と日々感じています。どうしたもんでしょうか。

と、同時に「日本語を話さなくても生活できてしまう環境」を作りあげているのは日本人側にある。これも考え方で良し悪しであって、ある意味で「日本語を話さなくても英語だけでなんとなく生活できてしまう日本」は、日本の英語教育の成果であって、ものすごい努力の結果であると考えると、すごいポジティブだね。




皆様、ご意見ありがとうございました。個別の返事ができない量になりましたので割愛させていただきます。何か追加で書きたいことがあればご自由にお書きください。

AMAZONより。今回のエントリーを書くにあたって参考にさせてもらいました。なかなか読ませてくれる本ですので、推薦しておきます。

あえて英語公用語論 (文春新書)
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船橋 洋一

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コメント

今回の話題に関係ありませんが、なぜいまだにタイトルの下の説明が「・・・2人の若きアメリカ人のブログです。・・・」となっているんでしょうか。変更のし忘れかな?ちょっと気になったので。

これも関係ありませんが、その2人の内の1人、Justinのブログが英語ネイティブの人達にも評判です。

http://www.bigdaikon.org/board/viewtopic.php?t=104751&highlight=&sid=f4219b9f08d84d94c5a1c04bc81a3479

NOVA講師って外国人自身の間ではどういう風に見られてるんだろうと思ってましたが、叩かれてますねー。一人二人擁護している人もいるようですが、そもそもスレのタイトルがNOVA loserって…。

NOVAとかイーオンの講師って、外国人たちからは社会の底辺的ポジションとして捉えられているんでしょうか?

差し支えなければ適当な名前でいいのでハンドルを入れてください。
誰と話してるのかわからないので・・・ 

>タイトルの件

変えようと思って3回ぐらいトライしたんだけど、いいのが思い浮かばなくて「まあいいや」とめんどくさくなって放置しています。そのうち変えると思います。何かいい案があれば考えてください。良いものなら使わせてもらいます♪

>BLOGの件について

職業に貴賎はないと思ってます。一流のNOVA講師もいれば、3流の銀行員もいるだろうから、職業・ジャンルそのものに、良いも悪いもないでしょうね。と、一般論を最初に述べておきます。

『社会の底辺』が何をもって社会の底辺と定義するかによるでしょう。これも一般的な意見でいえばブルーカラーの職業を指すのだと想像します。で、英会話講師の給料は決して悪くありません。NOVAの給料も悪くないと思いました。

外国人が批判するのも、日本人が批判するのも原因は同じようなもので、「ニセ教師」だとか「日本人と遊んでいる」とか、そういうイメージからくるものだと考えています。イメージ的に尊敬される職業ではないというだけでしょう。そういうのは凡庸な批判だと思ってますし、NOVA講師の本質はもっと深い部分にあるのだろうけど、そのスレッドで批判しているうちは永遠に気付かない問題だと私は感じています。

紹介いただいたスレッドに関して、BLOG主の彼はどう思っているのかは私も知りたい部分ですね。

私はbigdaikonとかgaijinpotなどの掲示板をよく覗くのですが、どうも英会話講師が外国人にdead end job(これって日本語にはない言葉ですよね)扱いされる理由はいくつかあって
1- 独立して自分の学校でも開かない限り昇給、昇進のチャンスがない
2- 母国でのキャリアにつながらない(海外旅行の延長と見られがち)
3- そもそも将来有望な人は日本に来ない
4- 辞めても代わりがいくらでもいる
などがあるようです。

2〜4は何となくわかるんですが、1はどうなんでしょう。英会話講師を長年やっても給料が上がったり、係長や課長(に相当する地位)に就いたりはできないんでしょうか?

1.世界の共通語という点にかんして
それは通用する世界だけでの共通語でしょう。英語が通じる人が多い、という単なる事実であって、英語が通じない世界では共通語でもなんでもありません。それを基に英語が共通語だから英語を話さなければならないなどとは、結果を根拠と取り違えてるのではないですか?

2.郷に入りては郷に従え
対等関係にあるものだけに通用するのでしょうね。アングロサクソンはパワフルというか、、、白人至上主義なのですよ。すごく分かりやすい例が、南ア共和国では日本人は「名誉白人」と呼ばれてました。それから宗教観。神様は自分に似せて人間をおつくりになった。だから有色人種は人間ではなく、人と猿の中間だくらい思ってる人もいますね。自分だけが正しいと思う一神教ですから、それぞれの立場で正解があると思える日本人の感覚は通じないでしょう。彼らにとって自分達の流儀を持ち込むことは、野蛮な民を啓蒙してるつもりかもしれません。こういう人々が国家として行動したのが植民地政策ですから、アボリジニの例を出すのは、ちょっと認識が軽すぎませんか。

3.英語圏の人に見れる傲慢さ
欧米人は多かれ少なかれ、みんなそうだと思います。拡大主義、膨張主義でアジア、アフリカを分割してきたんですから。偶々、英米人が戦後経済力の裏づけもあって一際傲慢なんでしょう。でも英語を話すから傲慢?じゃないですよね。植民地であった英語圏の人まで傲慢じゃないですから。あ、それから英語圏じゃないですが、中華思想の方たちも日本に来たら日本語はしゃべりますが、傲慢さにおいては双璧です。英語を話すことが傲慢の原因ではありませんね。彼らが傲慢であったからこそ英語が世界の共通語になれたのが事実です。

4.日本で日本語を話すことの実用性
優れた学者や技術者が全く日本語を話せなくても、彼から利益を得たいと思う日本人は、必死で彼の言語を学ぶでしょう。自国で食い詰めて、っていうか就職も決まらずなんとなく日本に来ただけの外国人が、英語が出来ることを一種の技能だと思ってるんなら哀れなだけです。要するに言語なんてツールでしかないでしょう。

コメントありがとうございます。その点を忘れていました。実情については私も多分に憶測が入るのでご了承ください。

1- 独立して自分の学校でも開かない限り昇給、昇進のチャンスがない

NOVAの情報に関していえば、講師を統括するセクションなどもあったはずだから、役職はあると思います。大規模な組織が役職ぬきで全員平社員ってこともないでしょうし。

ただ英会話スクール全般に言えると思いますが、もともと彼らは一時的に日本にいるだけで、ゆくゆくは帰国する存在だという前提です。これは女性が結婚・出産という流れで退職する前提が根強いように、英会話スクールも組織としてもあまり長期間働くことを想定していないし、働く本人達も、骨を埋めようみたいな意識が希薄なんだと思います。4の部分とも関連しますが、どうせ帰国するんだから、企業側もじっくり人材を育てようという意識もさほどない。

だから組織としても、昇給・昇進の制度が整いにくい状況にあるのだと思います。昇給の制度があっても、2〜3年タームでの出世というか、日本式の20年タームぐらいの出世コースを描きにくい部分はあると思います。

「2」に関しては、日本の英会話スクールがどういう風に見られているのかは、私も詳しくはしりません。変な風に見られてたら嫌だな、と私は勝手に思ってます。

「3」に関しては、これもどうなんでしょうね。どのラインを有望とするかは微妙ですが、大卒の基準なんかがあるので、大卒の人間を将来有望とみるかどうか? で判断が分かれる部分ですね。

>nonokoさん

1 世界の共通語という点にかんして

別に話さないといけない、と言っているわけではありません。前回のエントリーで一番納得してしまったコメントは「英語で話しかけられると迷惑だから」というご意見でした。迷惑だからやめてほしいというのはよくわかります。それとは別に、結果が出来上がってしまった以上は英語が話せたほうが便利だ、という点で私は英語を学ぶことを薦めたいです。これは強制するつもりもないし、話さないといけないというわけでもありません。

2 郷にいりてはの話

白人さんの価値観、言葉で表現できる「白人至上主義」や「中華思想」といったものは頭はでは理解できるのですが、それが個々の人たち、私が出会う人たちに、どれほど根付いていて、それが行動にどう出てくるのか? という部分が知りたいです。

このBLOGに目的らしい目的もないんですが、しいていうならば、実生活のレベルで考えたいというのはあります。アボリジニが軽率なのは、私はさほど調べないで書いたので、もしお時間あれば、どういうことか詳しく説明してもらえると助かります。「オーストラリアの先住民で後から来た人においやられた人々」ぐらいの認識ありませんでした。

3は「そういうもんなのかな」と思いました。

4は言語は私もツールでしかないと思いますが、母国語といて英語を使ってる人は、持ってうまれた特権みたいなもんだと考えています。それを必要としている人々が世界中にいるわけだから、それを最大限に生かそうとするのは別に悪いことでもないと思います。自分を生かせるフィールドを見つけて、そこに出向いていくというのは、選択肢としては悪くないと思いますね。

1.>日本を世界の一部とみなした場合には「世界標準」が標準としての機軸を持ってしまう。
管理人さんが、英語を話せと強制なさってるんじゃないのは分かってるんですが、上記のような言い方をしてしまえば、世界の一部である日本でも英語は標準であって、標準というからには、話さなければならなくなってしまうでしょ?多くの世界で標準だということが、全部の世界で標準ということになりますか?英語が標準足りうる世界では英語を話せばいいし、そうじゃない(英語が標準じゃない)世界で、他所の「標準」を振りかざしても意味がない。とはいえ英語が通じる世界が大きいから、国際的に活動したいなら英語が話せれば有利とは認めます。でも、それと日本国内における英語の地位は同じじゃないですよね?前提は日本にいるから日本語しゃべれ!って話だったので。

2.生まれ落ちた社会の価値観って、血肉となっていると思います。人格の後から根付いていくものじゃなくて、意識もしないくらいどっぷりとそのものに。もちろん個人差、地域差はあって然りですが。
どのように行動にでるか?うぅ〜ん、私の知人の米国人は二言目には「アメリカでは○○だ・・・」。韓国人はミスをしても謝らない。中国人に至っては空気からして偉そうでした(笑)

アボリジニも悲惨だけど、アジア、アフリカの全ての植民地支配がどれだけ過酷であったかということを考えたことがありますか?被支配民族が「郷に入れば・・・」なんて対等に交渉しうる立場にあったと思いますか?仮にちゃんと言ってたら、イギリス人たちは「そうですよね」って帰っていったか、せめて共存したとでも?当時は力こそ正義だったのです。欧米人は圧倒的な軍事力をもって制圧してきたのですよ。最初から原住民には主権も民族自決権も何も認めていなかったのだから、話し合う対象ですらありません。動物並みの奴隷として扱われていたのです。原住民の富は悉く収奪されました。実は日本の植民地支配の比ではありませんでした。そもそも平和な世界の異文化コミュニケーションの話と同列に話すべきじゃないと思います。

4.自分の母国語を外国人に教えるというのも必要とされる仕事です。
ただ英語がスキルになるほど、英語そのものを勉強したのかな?という疑問。
人に教えるからには教授法を勉強したのかな?という疑問。これらをクリアしている人は立派に英語が武器になりますね。というか、武器にしたいのなら研鑽するもんでしょう。そうじゃない人は非英語圏で失業すれば他に何もできないし、自国に帰っても役立つスキルもない。単に「英語が話せる」だけでは、替わりはいくらでもいるのだから、それを世間では技能とは言わないと思いますよ。

初めてのコメントですが、批判的な内容になることをご容赦下さい。

直前のエントリーのコメント群については、私も大変勉強になりましたし、コメントの内容は全体として中立的であったように思います。それらを読んで、管理人さんのお考えが深まるかと思ったんですが、そうはならずに残念です。
穿った見方をするなら、寄せられた個々のコメントに対して反論したいけどできないから、管理人さんの思い込みに基づいた世界観を繰り返し述べているだけのように見えます。

本エントリーは、一見、価値相対主義っぽい書き方ですが、その実、管理人さんは本心の部分で、英語や白人を必要以上に重要視されているように感じます。だって、本文を要約すると、次のようになりますから。

「英語はツールとして重要なんだよ。それを話す白人もしかり。日本語やタイ人なんかと一緒にするな。よって、英語圏の人間が傲慢なのは仕方なくて、彼らに対しては我々の方から日本語を教える等のシステムを講じて差し上げるべき。英語は重要な言語なんだから、お前ら英語を話せない人間は嫉妬するなよ。」

私が賛同できるのは、最初の「英語はツールとして重要」という部分だけです。
もちろん、上記の要約は論旨を際立たせるための乱暴なものですが、でも、管理人さんの文章からそういう思想が見え隠れするのも事実です。

まだ言い足りないことも色々あるのですが、しつこいのもなんなので、この辺でやめておきます。
もし、レスを頂けるのであれば、私の方にも議論をする準備はあります。

NOVA

今更かもしれませんが、読んだのが遅かったもので・・・。
知り合いにNOVAで働いていた人がいます。自国で大学を出て数年間働いた後ビザを
簡単に得ることができるので一つの手段としてNOVAへ。
その方もほとんどの先生と同じように日本に長く滞在するつもりはなかったようですが、幸い日本語がとても上達したことによって教えるだけの立場から数年後にはバックオフィスへの職に変わったそうです。つまり昇進ですね。
全てではないでしょうが、日本語ができるか否かが昇進のキーになるようです。
すぐ国に帰ってしまう人が多くては、上達することもなく昇進も考えられないでしょうね。因にその方は数年前にNOVAを辞めて今は日本の企業に勤めています。

なにから書いていいのか分かりませんが、コメントさせていただきます。

『英会話スクール全般に言えると思いますが、もともと彼らは一時的に日本にいるだけで、ゆくゆくは帰国する存在だという前提です。』
ノバ講師の中には旅行気分で滞在する若い講師もいれば、日本人女性と遊んでいた講師がいたのも事実です。
しかし、中には家庭を持った一人前の真面目な人もいました。
しかし、ノバという会社の中で、週40時間以上働いているにも関わらず、ノバは就業規則の操作によって講師を「アルバイト」とみなし、社会保険に加入させなかったのです。
そして毎年一回契約更新の用紙にサインをしなければなりませんでした。
要するに、1年に1度、首を切られる恐れがあった訳です。
初任給は最低限25万円と安くはありませんが、10年20年と殆ど昇給無しで1年後との契約更新、アルバイト状態、有給休暇無し、その状態では、本気で日本に住みたくても住める状態でしょうか。

auさんのお知り合いは多分、運の良い方です。
日本語が上手なだけでは、ノバ内での昇給は望めませんし(ノバの中で日本語の能力は求められていません)日本で英語教師以外の仕事も見つかりません。
アメリカの大学では専門が即仕事に直結していることが多いですから、日本でたとえ日本語が上手でも仕事は見つかりにくいと思います。



返事が遅くてすいません。
けっこう放置ぎみにしてしまいました。
多少、テンションが下がったのはあります。

>nonokoさん

細かい部分までご意見をありがとうございます。世界規模の標準については、私も何か考えたように思うのですが、また別の機会に書きますね。植民地支配がどれほど悲惨だったのかは、人生の中で一度も考えたこともありませんでした・・・。考えてみます。4に関しては、おっしゃることはよくわかりますが、私は別の考えなんですが、これもまた時間を見つけて書きます。すいません。

>Kimuraさん

まず「レスを頂けるのであれば、私の方にも議論をする準備はあります」とのことですが、レスはしますが、特に私は議論をする準備はありません・・・^^; 議論の相手をできるほど固まった意見もないので。

要約はそこまで乱暴なものではないし、攻撃的な意見ではないものの、本心としては、書かれている内容に近いものは持っていますね。

>ななしさん

どうも情報をありがとうございます。

レスの件、了解しました。
もし議論をするのなら、WGIPの影響とかを書こうと思っていたのですが、管理人さんに議論の意思が無いようですし、このブログはあくまでも管理人さん個人の意見の表明だということを言われているので、私の方からの書き込みはこれで最後にしたいと思います。

ただ、老婆心ながら一言言わせて頂くと、英会話学校運営者という立場を明確にされていることや、(掲載メディアのリストアップ等)ご自身の影響力を自認されていることから、本エントリーのような、知見や体験に基づかない意見(悪く言えば思い込み)の表明は、それが認められるギリギリの立ち位置であるということは自覚された方がよいかと思います。

偉そうにすいませんでした。それでは、失礼します。

>kimuraさん

書く分には何を書いてもらってもかまいませんので(スパム関係は遠慮したいですが)、書きたいことがあるならばどうぞ好きに使ってください。このエントリーが知見や体験に基づかない意見なのかは、ちょっとわからないのですが、少なくとも私は感じたことを書いているので、体験や知見に基づいているんじゃないのかと思っていますが・・・。

書いていることと本音の部分ではけっこう違っていると自分では思っています。「寄せられた個々のコメントに対して反論したいけどできない」という風に見えるのも、あえて自分の中の結論や、いただいた過半数の意見に、無理やり疑問を投げかけたりしようとしているからだと思います。「郷に入りては」の考えには、私もBLOGの主ではなく、第3者としてみていたら賛成していたと思います。ただ、このBLOGの主だったので、あえてさらに突っ込みたかった部分はありますね。結果的にnonokoさんやkimuraさんのような追求するカキコミが見れて良かったとおもっています。

「管理人さんのお考えが深まるかと思ったんですが、そうはならずに残念です」というご意見ですが、考えは深まってますし、勉強になりました(と、思っています)。もし、まだ読んでおられたら逆にお聞きしたいのですが、私のこのエントリーを見て私の考えが深まってないことで残念に思われたとのことですが、では私がどういった思想や考えの持ち主ならばkimuraさんに喜んでもらえたのでしょうか? 読んでいてフト気になりました。

男も色々

女だって色々咲き乱れるの。
って、咲き乱れすぎだろwww
http://muki.zz.tc/makumaku/osl5jhl

kimuraさんからのレスではないので恐縮ですが、何を書いてもOKとのことですのでお言葉に甘えて。
先のエントリーに対して真っ先に感じたことは、随分曖昧な問いかけだな、、ってことです。「日本にいるから日本語で」と言っても状況は様々ですよね。
東京で開かれる国際学会でも、洞爺湖で開かれるサミットでも、たとえ地理的には日本であっても「日本語でしゃべれ」が通用しないのは明らかです。これは国際社会だからです。
旅行者はどうでしょう。ホテルも土産物屋も観光業者は英語で不自由なくすごせるように努力するでしょう。これはあくまで外国人を相手とする営業を前提としているからです。
では地域社会ではどうでしょう。日本に居住している外国人がゴミ出しを守らなかったなんてときに、マンション管理人が英語で注意しなかったからと言って、当該外国人が「フン!英語で言ってくんなきゃわかんないよ」で済まされるかということです。英語で言わない管理人が悪いんだよ、という人は少数派でしょう。これこそが日本のコミュニティにおける外国語の問題であって、真に「日本にいるなら日本語で」とか「郷にいれば郷に従え」というのは、この状況での問題に絞られると思います。
ところが、コメントの数々はそこが絞れていないために、百人百様の様相を呈してしまっているように見えます。決してサンタクロースのように心の中にあって、検討が不可能なものでもないでしょう。

次にこのエントリで感じたことは、管理人さんはいったい何のために、英語が必要だと思われているのだろうか?という疑問です。
英語を広めたのは”船乗りと兵士”とまで仰っておきながら、その意味するところは深く考えていらっしゃいませんでした。帝国主義が過去の遺物となっても、国際社会が戦いの場であることには変わりがありません。平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼してるのなんて日本人だけなんですよ。
英語は必要です。日本の意見立場を表明するために絶対に必要です。逆接的な言い方をすれば「日本にいるなら日本語でしゃべれ」と談判するために必要なのです。
しかし管理人さんが考えていらっしゃる「英語によって私たちが受ける恩恵」とは、そこまでのことではないでしょう。日常会話で困らない程度の英語力であるなら、しゃべりたい人だけがしゃべればいいのであって、世界標準だなんだと基準じみた概念を持ち込むことからして無意味です。
管理人さんのご意見はむしろご自身の体験にのみ基づいたものであり、返信にも残念ながら咀嚼の跡が見られません。

はじめまして

私はnonokoさんのように理路整然とした話はできませんが、今までのやりとりを傍観していて思うところがあったので書き込みをさせていただきます。

管理人さんの今までのエントリから垣間見えるのは英語の重要性を一般の方にもっと認知してもらいたいという英会話学校経営者としての願望であるように思います。
若くして起業をされて将来への展望や野心もおありでしょうが、どこかご自身の中に英会話ビジネスを始めたことに対して疑問を感じていませんか?

「英語は世界標準」「英語によって私たちが受ける恩恵」などの表現を使うことによって、自分が選んだ道は世の中のためになるハズだと自己暗示をかけているようにも観うけられます。

一般的に英会話学校に通うことで受講生がnonokoさんの仰っておられる「日本の立場、意見を表明するための英語」というまでのレベルに達するのは困難です。
ネイティブとの会話を通して英語を使ってコミュニケーションをとることの楽しさを体感してもらうのが本道のように思います。

以上のように述べたのは今までのエントリが管理人さん個人のビジネス展望と密接に関わっていると感じたからです。もし、そういうことではなく純粋な意味で「英語及び、英語ネイティブと日本人の関わり」を本質的に追求することが主眼でしたらnonokoさんの投稿を真摯に受け止めることが必要であるように思います。

拙文、失礼いたしました。

>nonokoさん

コメントありがとうございます。nonokoさんの意見と私の意見では、すべて正反対で合わないというわけではなくて、部分的には賛同できるところもあります。咀嚼の跡が見れないのは、咀嚼してないからかもしれませんし、表現がヘタなのかどっちかわかりません。

曖昧な問いかけであることは別にいいと思っていますし、曖昧であることのほうを望みます。百人百様の様相でいいんじゃないかと。もちろん、おっしゃるように分けて考えていく必要はあるでしょうが、今のところは別にこれでいいと思っています。

英語世界標準の話ですが、どうでしょうか。前のコメントにも書きましたが、私の考えは他の多くの人とそう大きく変わるものではないと思っています。大多数の賛成意見に、あえて疑問を投げかけるようなエントリー、あるいは、賛成意見に想定される反論を考えて書くことで、より多様な意見が聞こうと思うだけです。結果的にそれらの反論は、私のおもいつきレベルなので、世界標準の話のように穴だらけでnonokoさんのような見識のある方からすれば突っ込みどころ満載なんだと思います。私が叩かれる分には勉強させてもらっているので、ありがたいです。このBLOGは私にとって本番ではないので、ここで学んだことは本番の実生活で生かすと思います。

「管理人さんはいったい何のために、英語が必要だと思われているのだろうか?」という話ですが、ちょっと前のコメントで「この管理人は外国人批判をしている!」と言われ、ここ最近は「外国人を必要以上に擁護している」と言われていますが、本音としてはどっちなのかといえば、どっちなんでしょうね。よくわかりません。

>すいか さん

コメントありがとうございます。

ビジネスの話と密接に関連しているのは事実ですね。私もいろいろと考えながらやっていますし、今回のNOVA問題はいい切っ掛けでした。疑問を感じているのは確かにあります。これは根本的なビジネス、業種を問わず、ビジネス感みたいな話になると思います。

世の中の役にたつ、という部分ですが、そこまで壮大な思惑は今のところないですし、動機に関しては、自分のためにやっているので、はっきりしていますよ。英会話ビジネスをはじめることになったのも、いろいろあったのですが、やっぱり最終的には自分自身のためにやっていることだと思っています。

いわゆる、英会話のセールストーク的な「これからの時代は英語ぐらい・・・」的な発想はしていませんし、お客さに言うとしたら「英語話せたら楽しいんじゃない?」というぐらいです。これも、キッズ英会話のママさんとか見ていたら、本当に不思議に思うんですが、「なんでそこまで必死に子どもに英語をやらせるのだろうか?」と疑問がわいてきたりします。これもエントリーしようと思ってたので、また書きます。

これまたややこしい話ですが、私は英会話スクールは教育産業というよりも、サービス業であると思っています。この意味では、コミュニケーションの楽しさを伝える部分に本道があるという意見に同意します。この視点で考えると、NOVAってそんなに悪い場所じゃなかったんじゃないかと思ったりもしますし、これはまたエントリーに書きます。

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本当はイロイロと書きたいこともあるのですが、しばらく更新がとまってしまっています。運営方針を決めて、なんとか更新を再開してみます。







タイトルに引かれてブログを読ませて頂いておりましたが、
最近の内容には殆ど意味が無いようです。
ブログに何を書こうとご自身の自由、
それは良いのですが、
『2人の若きアメリカ人』は無関係の様子、
内容とそぐわないタイトルは変更された方が良いのではないですか?

「日本に来ていきなりNOVAなくなっちゃた
大学を卒業!→夢と希望を持って日本に来日!→1ヶ月でNOVAが崩壊→所持金は31円で呆然としながらも、必死に日本(大阪)で生きていくことを選択した2人の若きアメリカ人のブログです。彼らの未来はどうなるのでしょうか・・・?! リアルにつづります。」

> 私は英会話スクールは教育産業というよりも、サービス業であると思っています。

これは経営側からの意見としてはとても新鮮だと思いました。私も同意見です。

ただ問題は、実際に教える方がそうは考えていない場合です。ネットの掲示板で英会話スクール講師の意見を見る限り、彼らの不満の一つとして、

「英語の先生になるために日本に来たのに、実際は教えるというより、やる気のない生徒にいかに英会話を楽しく見せるかが求められる。英会話講師は『先生』ではなく『エンターテイナー』で、英会話スクールも『学校』じゃなく『会社』であり、自分はそこの『社員』にすぎない。」

つまり来日前に自分の抱いていたイメージと現実とのギャップが不満の原因らしいです。

私に言わせれば「教員免許もない、大したトレーニングも受けてない人がなれるのは、そりゃエンターテイナーだろう。何を今さら」と思うのですが、でも彼らはやっぱり英会話講師は「教師」であるべきだと思うらしいのです。

管理人さんのところで働いている講師の方々はどう考えているのか、ちょっと興味があります。

今回はアタリだったな^^

まさか本当に生でヤらせてくれるとわww
てか、なんであんな薄いゴム一枚であんなにも気持ちよさが違うんだ??
http://natuiro.net/md/br4e4go

予想通りのレスで、なんとも言いようのない気持ちです。
そうですか。「日本にいるなら日本語で」の問いも答えも曖昧がいいのですね?
最初に「論理的に」知りたいと仰ったのはご自分ですよ?
曖昧な話に終始しながら、論理的にと言われても、そんなの日本語でも英語でも無理ですよ。

貴方の問いかけに真面目に答えようとしていたkimuraさんに対しても、
「議論はしたくない」と言い、そのくせ新たな問いを発したりなさる。
あげくの果てに、私にはここは本番じゃない、ですか。
本番だろうが本番じゃなかろうが、リアルだろうがブログだろうが、他人と会話してるんですよ。そういう区分けを表明なさること自体、訪問者に失礼だと思いませんか?
アメリカ人に礼節を説けた義理ですか。
「ここは貴方のブログですから、まあご自由に」と、全くそれしか言いようがありません。

>Kariaさん

殆ど意味がないとしても、少しでも意味があったり、見てくれる人がいるならば、更新はすると思います。有益な内容なものを書けるように努力はしてみますが・・・。タイトルは特に変更するつもりはないのですが、説明文は変更しようと思っています。いいのが思いつかないんですよね。

>Hee Bee さん

難しい問題だと思いますが、サービス業であるといっても、例えばホストクラブみたいな話術でお客さんを楽しませるだけの場所かというと、そうでもないと思っています。公的な機関だと、ほっといてもお客さんが集まったり、お客さんがいなくてもつぶれなかったり(そこまで極端ではないにしろ) ですが、会社だとどうしてもお客さんあっての会社だという意識を持ってないと困りますよね。

「英会話スクールも『学校』じゃなく『会社』であり、自分はそこの『社員』にすぎない」なんでしょうか、社員にすぎなくていいと思うし、会社には会社のよさがあったりするわけだし、エンターテイナーにはエンターテイナーのよさがあるのだから、そんなに悪くはないと思います。ただ、事前に誤解があると確かにギャップが生まれますね。うちの先生がどう思ってるのかはちょっと興味ありますね。時間があれば聞いてみます。

たまに英会話スクール関係の記事を見ていると、会社だと利益追求しないといけない、ビジネスに汚染されている、とか、そういう視点で語られていて、ビジネスや社員であること自体が悪いことかのように書かれているのですが、それは誤解じゃないかと思ってます。

>マシル さん

やばい病気とか、本当にしゃれになってないケースもあるみたいなんでご注意ください。

>nonokoさん

そういえば、論理的に知りたいって自分で書いてましたね。忘れていました。入口としては曖昧でいいと思ったというだけで、そこから論理的に話が展開するといいんじゃないかという意味でした。議論はたぶん、ある程度、固まった考え方があって、お互いの主張を話し合うことだと考えていましたが、私はそこまで固まった考えもないので、議論しようにもできるほどではないのです。だから質問は、議論をするというよりも教えてほしかったという意味なので、その質問すらダメだといわれたら、それは諦めます。

区分けをすることが失礼だとはあんまり考えたこともありませんでした。ここはネット、ここは練習の場とか、ネットなので、いろいろ、普段の生活では聞けない質問なんかができると私は思っていて、みなさんも、ここに書いてあることを何か実生活の中で有効に使って(どう使うか知りませんが)もらったらいいな、ぐらいの軽い気持ちです。本番という表現が不適切なのかもしれませんね。別に手をぬいているわけでもありませんよ。

ネット上での他人にどう思うかは難しいですね。匿名なんで、自由に書かせてもらってます。あと、禁則事項なんで、どうしてもBLOGの主としての思惑が入るので、表現が制限されてしまってます。ここが誤解の原因になっているかもしれませんが。

ちなみに「アメリカ人に礼節を説けた義理」では、ないですね。よく考えたら、人に礼節を言える立場ではないです。すいません。お前が言うな!とつっこまれても不思議ではないです。ただ、極力、努力はしようと思っていますので長い目で見てください。どうも人間的に立派な人の部類ではなさそうですし、私はけっこう欠陥だらけだと思っています。精いっぱいがんばってみます。

管理人さん、誤解を恐れずに発言しますがのらりくらりとご自分の都合の良いようにレスをつけているようにしか見えません。

区分を表明したことが失礼に映るのも、話の流れを追っていけば明らかでしょう(タイミング、言い方においても)。自分の方で問題提起をしておいて厄介な反論が出てきたら議論をする準備がない(出来るだけの固まった意見がない)ではスレが迷走するのは当たり前のことではありませんか?

訪問者が投げかける問いにはきちんと返答せず、自分は質問したいことがある・・・ 円滑なコミュニケーションが図れるわけがないじゃないですか。
自分の実体験や信条に基づいて情報を発信している訪問者もいることをよく認識すべきです、練習の場・ネットだから何を言っても良いでは情けないではありませんか。
顔の見えないネットだからこそ大事にすべきエチケットもあるのですよ。
そういう人情の機微に思いを馳せないのなら、アメリカ人二人が日本人から受けた厚意を十分に汲みとっていないというような主張をすること自体がお門違いであると思います。

ご自分の理解が及んでいない分野を安易に話の引き合いに出すことも反発を招くのだと思います。オーストラリアが新政権になってアボリジニに対する人種隔離政策の件で初めて政府として公式に謝罪しましたが、ニュースはご覧になられましたか? 何度もレイプなどの被害にあっている女性が声明の際に大筋の涙を流しておりました・・・
その後、管理人さんの植民地政策に対する理解は深まっているのでしょうか?

いろいろ書きましたが結局、気に入らなければ読まなければ良いのにということになりましょうから、そのようにいたします。

>すいかさん

問題提起に反論というのもよくわからない部分もあるのですが、レスが迷走する(ように見えるのも)のは別に問題ないと思うし、さほどそこを管理する気もありません。返事をすればするほど悪い方向に向かっている気もするので、私の返事が不快にさせているようならばコメント欄の閉鎖も検討したいですし、御用の方はメールでのほうがいいかもしれませんね。私の時間的な制約もあることなんで。いろいろ含めて検討していきます。

円滑なコミュニケーションというのが、どのレベルでかはわかりませんが、私はけっこう円滑なコミュニケーションだと思っています。一時期の「死ね」「帰れ」「黙れ」などを考えるとですが。ネットでのコミュニケーションは難しいですね。

アメリカ人2人の好意ですが、別に好意を汲み取っていないというわけではなくて、好意を感じる場所が違っているような気がする、という話です。逆に私が気付いていない部分に彼らは感謝してるかもしれないので、その差を知りたいというだけです。

書きっぱなしの部分は多いのですが、ネットでの表現にはBLOGやってるのでそれなりに気をつけています。普通の日記なら個人情報書かないとか想像はつくんですが、思想や主張関係で、大規模なアクセスを集めるblogは初めてなので、いろいろ注意しないといけないことがあるみたいですね。以後、注意します。

自分なりにけっこう時間をさいて返事をしているつもりなんですが、書けば書くほど悪い方向にいって、予想通りのレスだと失望されて、何を書けば喜んでもらえるのか、という部分は不思議です。「私が間違ってました。エラソーなこと書いてすいませんでした」と謝れば済むかといえばそうでもなさそうだし、考え方を根本的に変えろといわれても、それはいきなりは無理だし、そういう意味で正直に思ってることを書いてるだけなんですが、悪循環ですね。

「いろいろ書きましたが結局、気に入らなければ読まなければ良いのにということになりましょうから、そのようにいたします」最終的にはそうなるんでしょうが、それでも、BLOGやっている人間からすれば見ている人の喜ばれるものって何なんかは気になりますね。

ちなみに、植民地政策の理解では書いた後から2週間ほどですが、さほど理解が深まっているかといえば、正直に申し上げると深まっていません。生活の優先順位などを考えると、どうしても後回しになってしまいまして・・・。興味がないわけではないので、時間をみつけて勉強してみます。ただ、これも生涯学習とかのレベルの話なんで短期間の成果は出す自信がありません。すいません。

のらりくらりというのは私も感じました。「サンタクロースのように皆さんの心の中にあります」の時点で「おいおい」と思いましたし(「あれだけ意見を言わせておいて結論なしかよ!特に意見をまとめるつもりもないってどういうこと?」みたいな)。

こちらのブログは非常に面白い話題を扱っていて、色々な可能性を秘めているとは思うんですよ。ただ初めてこのブログを見たとき、「よほどうまく運営しないと荒れる」と思いました。経営側からみた英会話ビジネスという、デリケートかつトリッキーな話題ですから。今までのエントリーを見る限り正直管理人さんにその運営能力はないと思います。

> 最終的にはそうなるんでしょうが、それでも、BLOGやっている人間からすれば
> 見ている人の喜ばれるものって何なんかは気になりますね。

ここらへんが「のらりくらり」なんだと思います(笑)。まだ「ええ、ここは私のブログです。嫌なら見ないで下さい」の方がマシです。ダイレクトに物を言い過ぎるのも相手をイラつかせる原因になり得ますが、その逆もまたしかりで、あまりやりすぎると鼻につきます。おそらく、それは管理人様の性格に起因するのでしょうし、変えられる性質の問題ではないので、コメント欄を閉鎖してもいいのじゃないでしょうか。

なんか全てが一方通行に思えるんですよ、管理人様はニコニコと愛想はよろしいのですが、何一つ耳に入っていないというか(入っているのかもしれないが、少なくともそれが見えない)。

>Francais さん

BLOG論やWEB論とも重なる部分があるかと思いますが、ちょっと思っている部分を書きます。WEB上で不特定多数の人と円滑なコミュニケーションが本当にとれるのかは疑問です。ある程度のアクセスがあって何かの主張をしているサイト、政治でも経済でもいいんですが、そこで「管理人対閲覧者」という形式で活発な議論や荒れてないページは少ないでしょうし、私は知りません。

そうですね、大手でさんでいえば「アジアの真実」とか「渋谷で働く社長のアメブロ」でも「俺様キングダム」「404 blog not found」とかでもいいです。管理人に質問を投げかけても返事は基本的にありません。時間的な制約もあるでしょうし、いろいろな思惑があるんだと思います。私も根本的には、BLOGに寄せられたコメントに返事をする義務も責任も規模の大小を問わず基本的には管理人にはないと思っています。「コメント書かれたら返すのがネチケット」とか書いているのかよくわかりませんが、書いてあったとしても、ネチケットに拘束する能力はなんらないでしょうし。ネチケット自体あるのかよくわかりません。「のらりくらり返事をしてはいけない」とか「誠実に対応しなさい」という規則もないでしょう。ただ、誠実に対応したほうがいいでしょうし、私も可能ならばそうしたいし、そう心がけています。実行してるかは別です。

のらりくらり、という点で返事はしていますが、私がこのサイトで唯一、責任や義務を感じる部分があるとするならば、たぶん、訴訟を起こされた場合の責任ぐらいです。後のことは自由な意志でやってるし、相手の態度が真面目であれ荒らしであれ、私自身が真面目に答える義務もなければ責任もないと思っています。これが、コンテンツ課金しているblogだったり、会社の公式コンテンツだったら、もうちょっと別の管理をしていただろうし、書く内容ももっと吟味していたでしょうね。

のらりくらり、意識的無意識的にしろそうなる理由なんですが、まず私の本名も断片的に出ているし、探そうと思えば私の会社も自宅も探せるでしょうし、実生活に何かあるのは困ります。変な人、よく知らない人と議論をして感情論になって実生活にまで出現したとなったら、ちょっと困ります。匿名でやればよかったのに、といわれれば確かにそうで、ちょっと後悔しています。私は年齢も職業もどこに住んでいるかもわかるし、実生活がさらされるリスクもあるけど、基本的に投稿者にはそういうことは、自分から書かないとないです。議論の内容と私生活は関係ないという意見もあるかもしれないですが、ネットでのことを私生活に持ち込みたくないと私は思っています。じゃあ、投稿者も情報をさらしてくれたら議論したり真面目に答えるかといえば、そうとも限りません。

他人と話している点では確かにそうですが、実生活でもネットで、いきなり知らない人と「議論しましょう」とか「質問に答えてください」といわれても、やっぱり「なんでそんなことをしないといけないの?」と思ってしまうのは正直なところですね。時間もかかるし、どこの誰ともわからない人となんで。答えないといけない意味があるならやっています。実際に無理にでもやってましたが、現時点ではさほど「何があっても返事を書くぞ」とは強くは思っていません。

ただ、ちゃんとしたカキコミにはちゃんと対応したいと思っています。ただし、カキコミの口調が丁寧であるかどうか? の問題ではなくて、書いている人もいろいろと思惑があると思いますが、例えば「ある程度、名の売れたBLOGの管理人を叩くことに喜びを感じる人」とか「エラソーなことを言っている若造に腹立っている人」とか、あるいは私の未来を心配していただいて正義感から「この人の意見を変えないといけない」とか、いろいろと考えがあると思うんですよ。「死ね」関係の荒らしはわかりやすいですが、そうではない荒らし、あるいは、議論の勝ち負けに喜びを感じている人とか、そういう人と本気に相手をするのも時間の無駄だと思っています。誰がどういう人なのかは私には判断つきません。ここが問題です。実際に会ったらすごく尊敬できる人かもしれないし、そうでないかもしれないです。わかりません。よく知らない人と、どこまで付き合うか? という問題だとも思うし、少なくとも私はよく知らない人と深い話をする気はさほどありません。というか、ネット上では難しい気がしてます。

批判一色のカキコミがあって、私が何を書いても批判される場合で、相手が批判することに喜びを感じているならば、それでいいんじゃないかと思います。楽しそうです。逆に私の意見を変えたいとか、私の本音を聞きてみたいというならば、その方法では無理でしょうし、これは人間ならば似たようなもんじゃないかと思います。営業マンのスキルや北風と太陽に通じる部分もあると思いますが、自分の意見ばっかり伝えていても相手は心を閉ざすだろうし、本当にうまい人は、たぶん7ぐらい褒めて、3ぐらい批判する方法とかじゃないかと私は思っています。そう書かれると、私も素直に意見を聞いてしまうかもしれないし、本音で話がしたくなったりしますね。別にそうしてほしいというわけではなく、勝手にそう思ってるだけです。

外国人とのコミュニケーションも同じだと思いますが、相手が根本的に考えが違う、持って生まれたものが違う、それは別にいいし、それをふまえた上でお互いの目的の達成のために何がベストなのかを考えるのがいいんじゃないかと思います。私は変えられない部分を変えようとは思いませんし、現状がどうなのかを判断して、流れにのる作戦がいいんじゃないかとおもいます。

で、一方通行に見えるのも、実際に話を聴いているようで、そうでないのかもしれないですね。そこまで極端ではないにしろ、聞いているふりして、さほど聞いていない場合もあるだろうし、聞いていないふりして聞いているかもしれません。私が大嘘書いている可能性も否定できない。けど書いていますが、けっこう時間をさいて真面目に返事をしてきたつもりです。ただ、けっこう実生活でも相手を選んで話すし、相手によっては「はいはい」言いながらも、まったく聞いてない場合もあります。人間的に立派な人ではないですね。悪い癖のようにも思います。

で、どうして本音でけっこう語っているかといえば、Francaisさんのカキコミにある「こちらのブログは非常に面白い話題を扱っていて、色々な可能性を秘めているとは思うんですよ。ただ初めてこのブログを見たとき、「よほどうまく運営しないと荒れる」と思いました。経営側からみた英会話ビジネスという、デリケートかつトリッキーな話題ですから」という部分で、運営側の私の視点で気遣ってくれていたり、あるいは題材のチョイスそのものを褒めてもらえて、やっぱり嬉しかったからです。お気遣いありがとう。BLOG作っている人間としては一番嬉しかったです。

管理する能力はないですねぇ(笑) けっこう熱いコメント欄になっているといえばそうかもしれないので、別にいいかもしれませんが。管理する気もさほどないのも事実です。これが会社の仕事とか、生活かかってたりすると、本気で管理するかもしれません。どっちにしろ私に能力はないかもしれませんね。表現のまずさとか、空気よまなさ、とか私にも落ち度は大いにあるので、今後にいかそうと思います。

「ええ、ここは私のブログです。嫌なら見ないで下さい」の方がマシ」
とのことですが、私はそうは思わないんだけど(笑)

私は軽いノリで書いてて、ネタ7割、真面目3割ぐらいにしたいんですけどね。和やかな雰囲気だといいんですが、思想関係はどうも殺伐としてます。というか、畑違いの歴史問題とか書くからダメなのはわかりました^^; 英会話スクールについて書きます。こっちだと、まだ議論のしようもあるんですが。あとガンダム系の話。

コメント欄は閉鎖してもいいんですが、コメント書けないBLOGも楽しくないし、人の反応は見てて楽しいですからね。そういう意味で、コメント欄はあけますが、今後、基本的に返事はないと思ってください。好き勝手に書いてくれたらいいと思うし。気分がのった時だけ返事をします。時間的なこともあって「返事しないblog」に変更したかったのはあったので、いい機会です。あまりに見苦しいものは私の判断で削除します。更新はします。メールは気分。

関係ない話を最後にするとですね、最近、彼女ができたのですよ。性格悪い私なんですが、好きになってくれる人がいるのは幸福ですね。ただね、付き合って1ヶ月もしないのに結婚の話とかになって、ガクガクブルブルみたいな感じになりました。まだ結婚したくないんですよ。のらりくらり、でわそうと思っていますが、そのうち突っ込みあるんでしょうね。「これは本番じゃない」とか言いそうな自分が怖いですが、ちょっと面白そうな気もするのですよ。

こんばんは。最近荒れてて大変ですね。
上の書き込みを短く言うと、こんな感じなんでしょうか…。

(1) ブログの運営について
・議論するような人気サイトで、荒れてないサイトはない。なので、
このサイトが荒れるのは別に構わないと思っている。
・しかし自分は、名前や住所を出しているようなものなので、下手に
議論して実生活に影響が出る方向に持っていきたくはない。
・でも、コメントがないと張り合いがないので、コメントは欲しい。

(2) 真面目さについて
・実生活であれネットであれ、返事・返信は気が向いたらする。自分が
読み手側に合わせるつもりはない。私の返事・返信が欲しいなら、
あなたの方から私に合わせてほしい。
・実生活の中で生活がかかっている部分は真剣になるが、ブログはそう
じゃないので、真剣にやる気はない。

(ちょっと語弊があるかもしれませんが、すみません)
-----

整理して考えると、「ブログ運営は別に真剣じゃないし、荒れないように
気を遣うつもりもない、けど荒れると実生活に影響するので困る」
という今の状況では、不注意で荒れるもとをたくさん作り出してしまう
ので(現にそうなっているし)、だとするとこのブログを閉じてしまう
のが管理人さんにとっては最善手なんでしょうね…。

でも実際には閉じていないという結果から見ると、管理人さんにもそれ
なりの思惑があるということでしょうね…。
このブログも、いくつかのポータルサイトから紹介されて、一時は有名
ブログになりましたもんね、このブログや、ネット上にあるこの立場
(有名ブログ管理人?)に愛着があるっていう心情、私にもよく分かり
ます。


個人的にも、まだこのサイトを閉じてほしくないと思います。このブログ
のきっかけになった二人のアメリカ人と、管理人さんの間にどんなやり取り
があって、結果、管理人さんが「率直にどう思ったのか」について、今も
興味があるので…。

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