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ブログでの論争・議論
その前に、興味深いエントリーがあったのでご紹介しておきます。
個人ブログを破滅させる11のことがら+1(追記)/NC-15
http://d.hatena.ne.jp/muffdiving/20080216/1203166312
個人ブログを破滅から防ぐ12のtips/404 blog not found
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/51003947.html
BLOGの経験はあまりありませんが、昔から麻雀関係のサイトをやっています。麻雀というカテゴリの中では、それなりに大きな個人サイトの部類です。昔は訪問者と相互に意見交換ができるBBSなりがあって、思想や主張をしているわけではなく麻雀のルールを教えているだけなんだけど、それでも荒れるんですよね(笑) そういう経験があって、語り合うのは無理じゃないかと経験的に感じました。
あらためて感じたことを書きます。こういうのに興味がある方の参考のために、いちBLOGの管理者としての一方的な意見です。突っ込みどころもあるでしょう。特に「WEB上で議論が円滑にすすむように環境を整えたい」と思っているわけでもありません。必要なことかと思うけど、それは誰かにおまかせします。
1 BLOGの作者と、匿名の閲覧者ではそもそもの条件が違う
BLOGの管理者はBLOGがあるから、逃げ出すこともできない。今後、BLOGを続けていきたいという前提ならば、失言とか赤っ恥を書いた時に失うものがあるように思います。例えば実名や職場を公表していると、実生活に害が及ぶケースもあるかもしれません。BLOG論争で殺人事件に発展したという話はあまり聞かないけど、そういうことがあっても不思議じゃないと思います。
逆にいえば、BLOG作る側は巡り巡って実生活に被害が出る可能性や危険性があることも認識しないといけないんでしょうね。
後で追加しますが、管理者と閲覧者ではいろんな意味で条件が異なってきています。
404 blog not foundさんの「7」の条件に
コメントにはコメントしない
コメントしたい場合は、別entryをあててしまうことにします。唯一の例外がtypoです。
コメント欄で議論している方は、blog主がそのblogにおいては絶対の独裁者であることを忘れがちです。blog主は、その記事を削除することはおろか、その記事を痕跡なしに訂正することすら可能だということを覚えておいて下さい。
そのblogと対等に議論したいのであれば、自分のblogで発言したうえでTBするか、そのことのみをコメントすべきでしょう。
こうするのがいいと私も思います。批判・議論をしたければ、自分でBLOGを作って批判のエントリーを書くのがいいんじゃないかな。
2 BLOGの作者はそもそもコメントに返事をする責任も義務もない
私は昔からこう思っていました。コメントするとしたら、その動機はたぶん管理者側の「善意」みたいなもんじゃないかと考えています。私も別に答えたくないとか、めんどくさいとかではなくって、簡単に答えれるもんなら、答える時間もあるけど、例えば「麻雀牌で赤い牌があるんですけど、これはなんでしょうか?」みたいな質問を受けても、これを答える義務も責任もないでしょう。答えたら親切だとは思うけども。だから「管理人は都合の良い質問にしか答えていない」というのは、そもそもの前提から考えると、無意味なことなんだと思っています。
ただし、常習的にお礼みたいなコメントを返していると、こういう前提が見失ってしまうし、選んでコメントを返していると「都合の良い質問にしか答えていない」という指摘を受ける原因にもなります。平和的にいくなら、コメントしないのがやっぱりいいんじゃないでしょうか。
「前提」は私が勝手に思っているだけの前提なのであしからず。明文化しておくのが不要なトラブルを避ける意味でいいと思いました。
3 筆者が負う責任は最終的には法的なもんじゃないかと思う
間違ったことや思い込みを書いても、そこには最終的な意味で「責任」はないと感じています。もちろん、間違ったことを書けば批判・炎上につながるだろうし、信用も失うだろうから、アクセスアップその他の視点で見るといいことじゃないのは明かです。BLOGの大きさによっては、考慮すべき問題だとは思う。
だけど、最終的には「責任」でいえば、ないんじゃないだろうか。あるとするならば、名誉毀損とか侮辱とかで、法的な責任を問われたら、それは「知りませんでした」では済まない。ここは最終的に法廷で争うなりなんなりで「責任」を持って処理すべき問題だと思っています。
4 管理人対閲覧者 という形式で円満に議論しているサイトを知りません
私が知らないだけかもしれません。管理人と閲覧者という形で、コメント欄などで議論して、見た目に「荒れず」にうまく議論しているサイトを知りません。2chやmixiのコミュニティーのような参加者が同一の条件で話をしている場でも、けっこう荒れ模様です。
参考までに、講談社の現代新書から『科学する麻雀』という本が出ています。この作者のとつげき東北氏とは、別方面でインタビューさせてもらう機会があってお世話になりました。非常に論のたつ方だし、いろいろな意味で尊敬しています。議論好きな方でもある。毒舌な方かつ麻雀という分野なので、アンチも非常に多いです。
とつげき東北氏のサイト「システマティック麻雀研究所」の掲示板では議論可能なのですが、掲示板の利用規約があります。
掲示板上の発言・発言者に対する「批判・中傷・名誉毀損・侮辱」を相互に認め合うものとします。掲示板での発言・発言者に対して「批判・中傷・名誉毀損・侮辱」等があっても、法的措置を取らないことを約束した上でなければ発言できません。
荒れることを前提としているようで面白いです。こういう感じならば、議論可能なのかな、という思いもしますね。可能かどうかは別として「やる・やらない」の選択権は管理人側にあるのは、当たり前です。道を歩いていて、いきなり「議論しましょう」と言われて受ける人はいないけど、BLOGで主張・情報発信することは、なんらかの、そういう要求を受ける覚悟みたいなもんは必要じゃないだろうか。で、要求を受ける覚悟はしてても、やっぱり議論するしないは、管理人の自由なんだと思います。
5 1人 対 複数人 という状況ができあがる
管理人は読者全員と議論するでしょうが、閲覧者は管理人一人だけを見てればいい、という話なんで、負担が違うのではないかという話。もちろん、擁護する人、批判する人にわかれての陣営ができるのでしょうけども。「一人と複数」で何が悪いのか? といわれたら、別に悪くないと思う。相手が何人いようと議論できる人は議論できるだろうけど。
ちょっと思ったのは、例えば管理人が無名の閲覧者と議論になって「これこれはどうなのか?」と管理人から質問を投げかける。これが無視されても、何事もなく進行していく。逆に無名の閲覧者からの質問に答えないと「ここの管理人は無視する」とか「都合の悪い質問には答えない」と外野から声があがるケースもある。何が問題なのかわかりません。こういうケースもある、というだけの話です。
6 変な人もいるんだという話
アクセスが集中した時にアメリカ人2人とも話をしました。彼らとしては「仕事は欲しいけども、別に援助が欲しいわけじゃないんだ。批判もいらないし」みたいなことを言っていました。私の意見では、それは無理だろうという話です。
アクセス数があがれば、一定の割合で仕事をもらえて、援助の申し出があって、批判も罵倒も受ける。優しい人も変な人も、アクセスの総量が増えるほど、一定の比率で入ってくると思う。書くエントリーによって、ある程度はコントロール可能なのかもしれないけど、批判ゼロにするのは無理でしょう。
私としてはアクセスが増えればプライベートレッスンの数も増える。ここは、ありがたくもらっておけばいいと思う。批判を減らすことに全力を傾けるよりは「批判を気にしない精神」を身につけるほうがベターじゃないかと。ネットで「帰れ」「死ね」といわれても、気にしなければ結果として残るのは、プライベートレッスンだし。
アクセス集中していた時も掲載する日記には私からアドバイスをしていました。日本人受けする内容を書いたほうがいいし、気軽な気持ちで軽犯罪にふれることを書けばヤバイことになるのは当然わかっていたので。あと「女の子とどこどこに行った」関係もなるべく控えたほうがいいという話。「どうしてだ?」と聞き返されたけど、事実として別に女の子と遊びに行くことは悪いことじゃないし、他人にとやかく言われることじゃないんだけど、書いたら余計な誤解と批判を招くという話でした。
7 何のために議論するのか
これはネット上で、という問題に限らないでしょうが、ここの合意ができていないと、何のために議論しているのかわからないし、合意をとることが難しいもんだと思う。「議論を楽しむために議論する」でもいいし「世界を変えるべく、私は自分の意見を主張する」でもかまいません。
悪意があって、BLOGの管理人を叩くことを目的する議論もあるでしょうし、自分の意見を磨くための議論もあってもいいけど、どれなのかわからないんですよね。良い議論ならば価値あるんでしょうが、それがわからないし。
一般論としてですが、批判するのはいいんだけど、じゃあ、その代わりに「どうあるべきか」「どうしたらいいのか」は書くべきことだと思います。建設的な議論のすすめ方、みたいなものは、どっかで研究されていると思うので参考にするといいんじゃないでしょうか。
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読んでないんですが、面白そうなので読もうと思っています。
あと、面白い本なので『科学する麻雀』もご紹介しておきましょう。
| 科学する麻雀 | |
![]() | とつげき東北 おすすめ平均 ![]() インターネット麻雀「だけ」に有効な良書 人に薦める唯一ともいえる麻雀本 負け組or初心者向けの解説書という印象。 サブカルチャー的学術書としては秀逸 訥々とAmazonで詳しく見る by G-Tools |
彼らの話
「彼らはどう思ってるの? 残りたいけど、金銭的な事情もあって帰らざるをえないってこと? そうならば、なんか別の方法があるんじゃない?」
「そうじゃなくて、もう残りたいというモチベーションもなくなってきてるんだと思いますよ。このままいても、この先に何があるかわからないし。帰りたいと思ってるのかもしれないですね」
彼らが残りたいと思っていて相談を受けたなら、やりようはあるんだと思うけど、当の本人にその気持ちがないならば、これはもう部外者にはどうにもできない状況でしょう。不安定な時期も最初の頃はある意味で新鮮だろうけど、ずっと続くとなるといろんな意味で慣れてきますからね。
結果的に彼らに協力することを決めてから、私が彼らと話をしていた時に自分の中で心がけていたのは「未来を信憑性を持って具体的に語る」ということだったと思う。
「これをしたら、こうなる可能性がある」とか「この通りに行けば、絶対にこうなる」という風に。かっこよく言えば、仕事もお金もあげることはできないけど、未来への希望はあげるよ、と。私の提示するものを選択する自由は彼らにあるし。もちろん、選択に付随するメリット、デメリットを受け入れる覚悟は認識すべきだろうし、私は責任とれない部分もあった。これは彼らもいい大人だったので、わかっていたと思う。
キルケゴールの「死に至る病は絶望である」という一文、過去に『死に至る病』を読んだことあるけど、恐ろしく難解で、さほど意味は理解してないけど、表面上の響きが好きです。表面どおり解釈して、その逆を考えると「希望」は明日を生きていくためのエネルギーにはなりうるように思います。実際にBLOGの企画をして帰っていく彼らは活き活きしていたし、1日分のエネルギーにはなったんじゃないかと思っています。
BLOG発案の段階で、「有名サイトになればプライベートレッスンも集まるし、雑誌や新聞も来るだろうし〜」といろいろと話していたように思う。実際に話したいくつかは幸運なことに実現しました。一過性の話題として処理されるのも予測してたし、こんなもんじゃないかと思っています。
実際にはアクションしなかったけど、この先のプランもあったんですよ。私の中でコードネーム「人類補完計画」と勝手に呼んでいました。意味はない。だけど、これは拒否されたのでお蔵入りしました。
彼らのモチベーションが下がったのも、なんとなく、「希望」というか、明日どうなるかがわからないから不安なんだと思う。どうなるかはわからないのは当たり前だけど、良くも悪くも「変化」がない、変化が期待できない状況なんじゃないだろうか。
BLOGのアクセスがすごかった時は、ものすごい勢いで叩かれたけども、ものすごい勢いで支援やニュースが届きました。ありがとうございました。「明日は何があるんだろう」みたいな期待感もすごかったし。けどね、軽くノイローゼにもなってた。
帰る前になんか書いていってくれないかな?
ちょっとお願いしてみましょう。
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某居酒屋で飲んでたんだけど、近くに「三国志」という中華料理屋がありました。いかしたネーミングセンスの中華料理です。聞いてみると「甘寧定食がある」とか「店員が夏侯惇」とか、いろいろ噂があるみたい。店員が夏侯惇ってのはさすがに嘘だろうと思う。
おめでとうございます。
NOVA講師、うちも含めた英会話スクール全般に当てはまる批判として、過去に自分で書いた具体例があります。
●「先生っていうけど、ただの母国語が英語なだけの外人さんでしょ? 国へ帰れば普通の人でしょ?」
●「適当に話しているだけで給料がもらえていいね」
●「英語は世界中どこに行っても通用すると勘違いしてない?」
●「なんで日本に来るのに、日本語話さないの?」
●「日本人の女は簡単につかまるから日本に遊びに来たんじゃないのか?不良外国人ばっかりだね」
●「英語がわからない人に、日本語話せないでどうやって英語を教えるの?」
これらのことは、お店で面と向かって言われたこともあれば、私が想像しうる範囲で考えたこともあるし、過去に自分自身が思って外国人に腹をたてていたことでもあります。自分なりの答えを用意しているので、おいおい書きていきたいと思います。
本年度もよろしくお願いします!


「議論」もどき、「論争」もどきの時代の処世術
わたしを誉めよ!讃えよ!
褒めてはいけない








